ヴァイオリニスト田久保友妃のブログ「四絃弾き。」

関西を中心に活動中のヴァイオリニスト。「バッハからジャズまで」をテーマとした幅広いレパートリーを活かし、「ヴァイオリン独演会」シリーズを全国各地で展開中。2020年3月セカンドアルバム『MONA LISA』リリース。http://yukitakubo.com/

読書日記1 『あるヴァイオリンの旅路』フィリップ・ブローム

読書感想文が苦手な私が、練習として読書日記がわりに書評を書いてみるシリーズ〜

 

1冊目はこちら!

あるヴァイオリンの旅路: 移民たちのヨーロッパ文化史

あるヴァイオリンの旅路: 移民たちのヨーロッパ文化史

 

最近法政大学から出版されたばかり。

立ち読みでパラパラめくって買うと決めて値段見たら税抜き3400円でちょっと葛藤した一冊。

 

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『あるヴァイオリンの旅路 移民たちのヨーロッパ文化史』

フィリップ・ブローム 著

佐藤正樹 訳

 


(2021/03/19-21)

 


 音楽家の両親を持ち、若い頃からヴァイオリンに魅了され、一時はプロを目指すも挫折した作者。ある日、知人のヴァイオリン職人の工房で一挺のヴァイオリンと出会う。ルネサンス期のミラノのヴァイオリン職人テストーレのラベルを持つが、ヴァイオリン職人は「それはドイツ人が作ったものだろう」と言う。「特徴から見て、南ドイツのフュッセンで修行した職人の作品だろう」。

 


 そのヴァイオリンの音色に魅了された筆者はしばらく楽器を借り受けるうちに、この楽器の素性を調べてみたいという思いに駆られ、フュッセン、ミラノ、ロンドンからヴェネツィアへの、また以前に訪れたデン・ハーグやパリでの思い出も交えつつ、ヴァイオリン制作の歴史をたどる旅に出る。

 


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 この本では作者が手にしたテストーレ製とされながら、明らかにそうではない(本物のテストーレであれば値段が10倍以上にもなる上、制作年がテストーレの生まれ年よりずっと前とされている凡ミス)、しかしながら、製作者のブランド性を別にすれば素晴らしい造りの楽器を一応の主人公とした『伝記』小説だ。

 もしかしたら、ポシュの作なのでは。いやいや、ゴフリラーかも……。情報提供者たちの半ばロマン的なアドバイスを受けながら、作者はこの名もなき製作者に「ハンス(のちにズアンネ)」と愛称を付け、彼の出自を辿る。

 作者が意図していたのか、あるいは結果的にか、この本は「ハンスとそのヴァイオリン」の物語に留まらず、ルネサンスの時代にほぼ現在の形が完成されたと言われるヴァイオリンの生産地や、19世記には既に「手法が確立」していたと言われるヴァイオリンの贋作の背景、またバロック時代にヴェネツィアで華開くヴァイオリンをはじめとした器楽曲といった、ヴァイオリン全般の歴史にまつわるエピソードを歴史的な検証とともに描き出した、いわば『ヴァイオリン史』である。

 

 とはいえ、本書では『狭き門、閉じた社会』である、一般にヴァイオリンのブランド産地としてここしか有名ではないのではないかとも思われるクレモナについてはほとんど触れられていない。フュッセンという、南ドイツに(あのノイシュヴァンシュタイン城の間近といえばイメージしやすいと思う)ありながら、ヴェネツィアへと続くローマ街道に位置したことから、ヴァイオリンの前にリュートの部品生産で栄えた街。その立地が後には仇となり、戦争と疫病が起こした悲惨な状況は、この土地からの、子供を含む、また中には手に職を持った者もあった、多数の移民をヨーロッパ各地へ送り出すことになる。

 


 私事だが、コロナ渦のステイホーム期間に音楽史を復習していたことで、私の目下の興味は「疫病がもたらした文化」である。西洋史を語る上で欠かせない疫病といえば言わずと知れたペストだが、文化との関わりを知ることがアフターコロナへの啓示になりはしないかと期待も込めて。

 


 歴史に「もし」は存在しない。それでも「もし」、1630年代のペスト流行がなければ。現代において、「フュッセン産」のヴァイオリンがそれだけで取引値を跳ね上げるようなヴァイオリンのブランド産地に、あるいはその後の歴史によっては、クレモナ産よりも最高級品とされるような現象が起こっていたかもしれない。

 


 また、リュートという、啓蒙の時代が産んだ楽器が今日ヴァイオリンにとって変わられた理由も合点がいった。

 


 無伴奏ヴァイオリン独奏というジャンルの、バッハの最高峰の6曲だけでない世俗的な歴史への切り口としても大変参考になる内容だった。

 


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 ところで筆者は、自分のヴァイオリンの腕前をかなり謙遜して綴っているが、なかなかの腕前なのではと思わせられる箇所が多い。ヴェネツィアの大聖堂で観光客を聴衆に、本作の主人公でもあるヴァイオリンでバッハのシャコンヌを弾く場面。「下手だった」とことさら強調するが、この作品をこの環境で弾き通せるというだけでなかなかのものなのではないだろうか。

 

田久保友妃


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