「ねぇ、昨日来るならそう言ってくれれば良かったのに。突然だからびっくりしちゃった」
この一言を、お芝居で言うセリフだとしたら、どんな感じで読みますか?
色んなバリエーションが考えられる一言にしてみました。
・まず、読み手は女性でしょうか、男性でしょうか。(女性の言葉だけど、ニュアンスによっては男性でもおかしくないかな?)
・ご機嫌はどんな感じでしょうか。想定外のことで予定が狂ってしまって困ったから、「諭す」感じ? あるいは、「嫌味っぽい」感じ? または、来てくれないと思っていたのに来てくれてびっくりしたけど「嬉しかった」?
自分だったらどんな感じで、どんなご機嫌で読んでみるか、答えはでましたか?
これだけでは情報不足かもしれないですね。では…
・そもそも、相手は誰なのでしょうか。仲の良い友達のグループの一人? 或いは遠くに住んでいる家族? それとも、恋人、それか恋人ではないけどちょっと気になっていて仲良くなりたいなぁと思っている知り合い?
・どんなシチュエーションでこのセリフが発せられることになったのでしょうか。わざわざ、こちらから話しかけに行ったのでしょうか? それとも、「おはよう」「おはよう」と挨拶をしてから? それとも、別の話題の後でふと話題が変わって? そもそも、メールを心の声で読んでいるだけかも?
・これがお芝居だったとしたら、この言葉に相手は何と返事を返すのでしょうか。「エヘヘ、連絡しなくてごめんね☆」と明るく…? 「申し訳ありません…」と神妙? 「えー? わざわざあなたに言う必要あった?」喧嘩中?
これくらいの情報は欲しいと思いませんか?
もっと完璧に決めるなら、自分の役の性別や年齢といったキャラクターと、どんなお芝居なのかといったことも知った上で役作りをしたいですよね。
お芝居でも、テレビドラマなのか、ラジオドラマなのか、舞台なのか。それぞれに合った発声方法も目線を向ける方向も違ってきます。
私はお芝居は学校の出し物でちょい役をしたくらいの経験しかありませんが、例えとしてこの「お芝居の台詞」というケースを想定してみました。
そう、お芝居で役を頂くなら、設定や全体のストーリーの書かれた台本は欲しいのではないでしょうか。
「台詞少しだけですから、はい、これ」と、自分の台詞だけ抜書したものを渡されてもちょっと困ってしまいそうです。
え、私は何の役なの? この一言にしても、ただのエキストラなの、それともストーリーのキーマンなの? 芝居のどこでこの台詞が流れるの???
??? だらけ。
音楽の演奏、特にアンサンブルでも同じことが言えるんです。
指揮者やピアニストは全てのパートが記譜されたスコア、総譜と言われる楽譜を使用します。
そして、ヴァイオリンやフルートや、その他の殆どの楽器奏者はパート譜と呼ばれる自分のパートだけが書かれた楽譜を使用します。
スコアには自分の演奏しない部分でも誰が何をやっているか全部書いてありますが、パート譜は自分の演奏していない部分は休符が何小節、とだけあります。(たまに、入りが分かりにくいような所には小さい音符で目立つパートが書いてあることもありますが)

いくら名手でも、知らない曲のパート譜だけをじっくり読み込んで曲全体の像を掴むことはできません。
私のヴァイオリンはけっこう演奏箇所が多いので、大体こんな感じ〜? という想像はつきやすいのですが、せーので音を出してみたら全然想像と違う和声だったり、リズムパターンだったりすることもしばしば…
本来は、アンサンブルの演奏を準備する時に真っ先にやるべきことは、スコアという台本を読み込んでどういう曲調なのか、自分の役割はどういったものなのか、自分がこういう台詞を演奏している時には他の人が何をしているのか、それを先に掴んで、それから自分のパートを練習すべきなんですね。
ただ、私も含めついやってしまいがちなのが、まずパート譜を見て、ざっと弾いてみて、それからパート譜を見ながら(スコアではなく…)音源を聴いてみたりして、それからまたパート譜だけと何時間も取っ組み合いで難しい所を練習したり…
演奏会終了まで、一度もスコアを見ずに終わった。
見たとしても、合わせてみてちょっと入りが分からなくてちらっと見てカンニングペーパー程度のメモを取って終わり。
なんてこと、ままあります。
(私もそうであると、自戒を込めて正直に告白致します)
テレビドラマでレギュラー級の役を貰って、自分の撮影する所の、自分の台詞だけ覚えて。ヘアメイクも衣装も向こうでやってくれるからお任せして、どういう役柄なのかも分からないまま撮影に。
…なんてこと、あるでしょうか…
ものすごく天才肌の、売れっ子すぎて寝る時間もないような役者さんならキャストの内一人くらいアリかもしれませんが、もし私が俳優だったらとても怖くて、流石にその程度の読み込みはして行くと思います。
…なのに、音楽ではそれと同様のことをしてしまうんですね…
これはある意味恐ろしいです。
そもそも、何故パート譜というカンニングペーパーの補完版みたいなものが存在するのかというと、器楽奏者は基本的に両手が塞がっていて、どうしても演奏を中断しなければページをめくることができないため、極力ページめくりが少なくて住むように抜書したものがパート譜なのです。
それだけ。
本当は、全員がスコアを見て演奏したほうがはるかに便利でスムーズなはずなのです。
ただ、そうするともうページめくりが膨大になり、いちいち演奏を中断することになったり、ページめくりにばかり気を取られてしまうので現実的でない。
指揮者やピアニストは何とか片手でもめくれるし、ピアニストで両手が塞がったままの曲なら譜めくリストさんがついてくれることができるので、スコアが使えます。
でもその他の奏者にパート譜は必要なものです。
ただ、それだけしか見ないというのは自ら必要な情報を放棄してしまうというとてももったいないこと。
(場合により、スコアが入手できないというケースもありますし、パート譜を見ながら音源を聴き込むことも充分な情報源ですが、独自の解釈という自由の幅は狭まってしまうかな?)
これ、ずっと書きたくて、でも私を良く知る仲間に「お前が偉そうに言うな!」と突っ込まれそうで後回しにしていたのですが…^^;
たまたま、ヴァイオリンの生徒さんのアンサンブルをレッスンさせて頂く機会があり、教えるということは本当に自分で気付かされることが多く、色々アドバイスはしますが、
「そうなんだよね、別に私の方が曲を知っているからではなく、私の手元にはスコアがあって、演奏する人の手元にはパート譜しかない、その情報量の違いなんだよね…」と改めて気付かされたため。
スコアを読むことを義務、というよりも役作りのための楽しい推理の時間、としてもっと取り入れたいと思っています。
YukiTAKUBO; Violine