ヴァイオリニスト田久保友妃のブログ「四絃弾き。」

関西を中心に活動中のヴァイオリニスト。「バッハからジャズまで」をテーマとした幅広いレパートリーを活かし、「ヴァイオリン独演会」シリーズを全国各地で展開中。2020年3月セカンドアルバム『MONA LISA』リリース。http://yukitakubo.com/

読書日記27『三毛猫ホームズの狂死曲』

 


 酒盗、というのは魚の塩辛のことで、こいつのせいで酒が進んでしまった、こいつが酒を盗んだのだ、と自分のことを棚に上げて塩辛の美味さに責任転嫁をした呼称だが、それにならえばこの本はまったくもって「時間泥棒」だ。

 


 赤川次郎という作家の認識を誤っていたと白状せざるを得ない。もちろん、日本のミステリー小説の大御所であり、めちゃくちゃ面白いストーリーテラーであることは百も承知だ。が、どちらかといえば、赤川次郎が書けばどうやっても面白くなるから、ドラマや漫画の原作にこぞって使われている、といったような印象が強かったのだ。

 何年も前に相葉雅紀主演でドラマ化されていて、そのバージョンは三毛猫の可愛さに夢中になって全話観た。ハズレはなかったと思う。それでも、原作を読もうという気にはならなかったのは、赤川次郎の価値をストーリーの筋のみに置いていたからだろう。

 

 ヴァイオリンコンクールを舞台にした本作は、冒頭からしていかに赤川次郎がヴァイオリン音楽を愛好しているのか、そうでないならばどれだけの念入りな取材の上に筆をとったのかが良く分かる内容だ。もちろん、エンターテイメントにするための脚色や誇張はある。しかし、ヴァイオリンで音大を出て「スタンウィッツ」ほどの規模ではないもののコンクールも経験した端くれから見ても、共感しかない、そんな描写が破綻なく組み立てられている。

 そんなところに感心していると、いきなり物語に惹き込まれる形で事件が始まるのだ。

 練習の合間に、というつもりでめくった数ページに完全に時間を盗まれた。癪なので、怪我で自宅療養中の友人にも同じ本を送りつけることにする。

 


(2022/01/25)

 


#読書日記

#赤川次郎

#三毛猫ホームズ

読書日記23『ツバキ文具店』

小川糸『ツバキ文具店』幻冬社,2016年。



 私自身の最大のコンプレックスとも言えるのが、悪筆である。
 未だに自分で書いたメモを後から「何て書いたんだ、これは」と悩むことも少なくない。手紙を書くことは少なくなったが、ちょっとした伝言メモですら、人に見せるのは物凄く恥ずかしい。そんなだから、メールやSNSは救いの神とも言える一方で、美しい手書きの文字やそれを綴る筆記具に憧れの気持ちは常にある。
 
 本書『ツバキ文具店』は、代筆屋を営む主人公が受ける依頼を通して、鎌倉に暮らす人々の生活や心の交流が淡々と描かれる。
 依頼の品である手紙は、活字ではなく手書きの文字で挿入されているが、これが筆跡も文体もさまざまで面白い。代筆屋とはただひたすら達筆に代書してくれる仕事と思いきや、敢えて豪快に、または読みにくい字体で、手紙でしか言えない気持ちを伝えてくれる。
 中には、私のような「おもじ」の依頼人が、少しでもましな字が書けるようになった体で、という依頼もある。この「おもじ」の女性は丁寧に丁寧に字を書こうとしてもできないのだから仕方のないことなのだが、自分自身はというと、つい殴り書きして読めない字を書いてしまうのだから、主人公の言う「字には、それを書く人の人柄がそのまま出ると思い込んでいた。(…)字が汚いから心も穢れていると考えるのは、あまりに暴力的すぎる。」という考えはグサグサと刺さった。(主人公自身は、このように、「おもじ」の依頼人を通して考えを改めるのだが)さもありなん。

 さくさくと読める物語を読了するころには、ちゃんとした筆記具で丁寧な文字を書く努力くらいはしてみたい、という気にさせられる一冊。

 

f:id:yuki-violine:20211109133824j:image

(2021/11/08)