酒盗、というのは魚の塩辛のことで、こいつのせいで酒が進んでしまった、こいつが酒を盗んだのだ、と自分のことを棚に上げて塩辛の美味さに責任転嫁をした呼称だが、それにならえばこの本はまったくもって「時間泥棒」だ。
赤川次郎という作家の認識を誤っていたと白状せざるを得ない。もちろん、日本のミステリー小説の大御所であり、めちゃくちゃ面白いストーリーテラーであることは百も承知だ。が、どちらかといえば、赤川次郎が書けばどうやっても面白くなるから、ドラマや漫画の原作にこぞって使われている、といったような印象が強かったのだ。
何年も前に相葉雅紀主演でドラマ化されていて、そのバージョンは三毛猫の可愛さに夢中になって全話観た。ハズレはなかったと思う。それでも、原作を読もうという気にはならなかったのは、赤川次郎の価値をストーリーの筋のみに置いていたからだろう。
ヴァイオリンコンクールを舞台にした本作は、冒頭からしていかに赤川次郎がヴァイオリン音楽を愛好しているのか、そうでないならばどれだけの念入りな取材の上に筆をとったのかが良く分かる内容だ。もちろん、エンターテイメントにするための脚色や誇張はある。しかし、ヴァイオリンで音大を出て「スタンウィッツ」ほどの規模ではないもののコンクールも経験した端くれから見ても、共感しかない、そんな描写が破綻なく組み立てられている。
そんなところに感心していると、いきなり物語に惹き込まれる形で事件が始まるのだ。
練習の合間に、というつもりでめくった数ページに完全に時間を盗まれた。癪なので、怪我で自宅療養中の友人にも同じ本を送りつけることにする。
(2022/01/25)
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