小川糸『ツバキ文具店』幻冬社,2016年。
私自身の最大のコンプレックスとも言えるのが、悪筆である。
未だに自分で書いたメモを後から「何て書いたんだ、これは」と悩むことも少なくない。手紙を書くことは少なくなったが、ちょっとした伝言メモですら、人に見せるのは物凄く恥ずかしい。そんなだから、メールやSNSは救いの神とも言える一方で、美しい手書きの文字やそれを綴る筆記具に憧れの気持ちは常にある。
本書『ツバキ文具店』は、代筆屋を営む主人公が受ける依頼を通して、鎌倉に暮らす人々の生活や心の交流が淡々と描かれる。
依頼の品である手紙は、活字ではなく手書きの文字で挿入されているが、これが筆跡も文体もさまざまで面白い。代筆屋とはただひたすら達筆に代書してくれる仕事と思いきや、敢えて豪快に、または読みにくい字体で、手紙でしか言えない気持ちを伝えてくれる。
中には、私のような「おもじ」の依頼人が、少しでもましな字が書けるようになった体で、という依頼もある。この「おもじ」の女性は丁寧に丁寧に字を書こうとしてもできないのだから仕方のないことなのだが、自分自身はというと、つい殴り書きして読めない字を書いてしまうのだから、主人公の言う「字には、それを書く人の人柄がそのまま出ると思い込んでいた。(…)字が汚いから心も穢れていると考えるのは、あまりに暴力的すぎる。」という考えはグサグサと刺さった。(主人公自身は、このように、「おもじ」の依頼人を通して考えを改めるのだが)さもありなん。
さくさくと読める物語を読了するころには、ちゃんとした筆記具で丁寧な文字を書く努力くらいはしてみたい、という気にさせられる一冊。
(2021/11/08)