やっぱり、良く思い出したつもりでも動画を客観的に見ると漏れていたことがいっぱい。
ここには伴奏にコサックダンスの太鼓が隠れているよ、と大事なヴァイオリンの裏板をタンタカ叩きながら私の周りを踊り回る先生。

ここをおさらいしていたのですが、
練習が楽しくて仕方なくなります!
何というか、ここへ来て初めて私のハチャトゥリアンが生命を吹き込まれた感じです。
音が生きてる。
音符の一つ一つが、「こうやって弾いて!」と大騒ぎしているよう。
引率の先生(=演奏者本人、私)もわくわくして仕方ないから、収集がつかないのをひとかけら冷静な部分が「どうどう」してる感じ。
なかなか、ここまで辿り着けるほど弾き込み、音の生命を引き出すまでに運良く環境が整った曲ってないです。
前回のカバレフスキーも本当に楽しくて音楽が自分の中で跳ね回っていました。
なので…
今録画を見直すと、顔つきと動きがハイテンションすぎて少し恥ずかしい笑
成人してから、箸が転げても可笑しい年頃の記録を見せられているような甘酸っぱい恥ずかしさ。
もっとベテランになったら、落ち着きが欲しいなとは思いますが、一生に何度もある経験ではないのだから今回も楽しむ所は楽しみ、行き過ぎたら「どうどう」できたら…
…いいなあ…
と思います。
バジノフ先生は、この曲、ハチャトゥリアンの協奏曲は50年前に弾いたっきりだ、と仰っていました。
学生時代に、地元のオーケストラと広場でのオープンエアーコンサートで弾いたのだそうです。真夏に…
真夏に?!
と驚いていると、今は少ないけれどソ連時代にはそうしたクラシカルのオープンエアーコンサートがたくさんあったのだそう。
そう話す先生も、私の周りで踊り回る先生も本当に楽しそうでした。
はっきり聞いたことはないのですが、50年前に学生だったらばお年は大体…
なんて生き生きしたベテランなのでしょう。
きっと、先生も厳しい時代を生きた人とはいえ楽しい経験をいっぱいしてきたはず。
お嬢さんが父のレッスンにひょっこり現れてさらっと伴奏を付けてくれて、父と一緒に生徒の前で踊り出すような人なのだから、どんな父の背中を見てきたのか想像できます。
そうそう、それに、演奏中に先生が何かを叫んだので、ストップが掛かったかと思い弾くのをやめてしまったこともありました。
お嬢さん「Oh no! 父はノッてくると大声で歌うのよ、聞いちゃダメ!」
…(・ω・)
私もいっぱい心から楽しい音楽経験を積もう。
そうして何十年後には、還暦を迎えても、それ以降も生徒までわくわくして来るような楽しい音楽を若手から引き出してあげられるようになるのが目標です。
「田久保ばあちゃんテンション高ぇ、楽しそうだな」
って若手に思われたいですね。
YukiTAKUBO; Violine